微睡みの幻想と夢の終わり

01 

 長い間閉ざされた闇の中。
 それは終わることのない夢を見ていた。

 長い長い夢は消えゆく記憶の欠片。
 永遠に覚めることのない微睡みだけがぬるま湯のような幸福な時間だと信じて夢を見続ける。
 終わることのない闇に閉ざされた世界。
 そこに目覚めの鐘の音が届くことはない。

 鬱蒼と茂る森の中。その中に突如現れたのは古い城。それはまるで、生を営むものを拒むように、茨により固く閉ざされている。もう何年も開いたことのないであろう門の前に佇むのは一人の男だ。
「此処か」
 目の前に聳える城を一瞥すると、男は黙ったまま手に持った端末を操作しナビゲーションシステムを起動させる。小さな電子音を響かせ起動したプログラム。それを確認し目的のアプリケーションを選択した後、目の前に端末機を翳す。位置を調整してカメラのフレーム内に城の全体が入るように固定しシャッターボタンを押すと、不気味な雰囲気を漂わせる建物の画像がディスプレイに映し出される。デジタルデータへと変換される情報。それを、ネットワークを経由して呼び出したデータベースの中に登録されている情報と照合させる。プログラムは直ぐに幾つかの候補を弾きだし、検索にヒットした類似の情報を表示させた。慣れた手つきでスクロールさせる画面。大量に表示されたその中の一つを拡大し、男は今し方映し収めた情報と一致するかを確認する。
「どうやら間違いは無さそう、だな」
 ディプレイに映し出された映像を今一度確認しながら、男はぽつりと呟く。
「さっさと終わらせて帰ることにするか」
 調べたいことは確認できた。用の無くなった端末をサイドバッグに突っ込むと、男は用意していた武器を手に取る。目の前には錆始めた鉄の門。それが男の行く手を阻む。だが、男の侵入を拒んでいるものは目の前で侵入者を拒絶している鉄門のみ。その門が化け物になって襲ってくるという気配は感じられない。ならば力業でなんとかなることも有るだろう。幸いにも、門の合わせには僅かな歪みが存在していた。その隙間にナイフの刃を差し込み無理にこじ開けると、二、三発蹴りを叩き込んだところで、その封印は呆気なく破れる。
「……これは……」
 だが、そう簡単に話は終わりと言う訳では無さそうだ。目の前には鉄の扉とはまた違う問題が一つ。そこに蔓延るのは複雑に絡み合う茨の蔦だった。
「昔、こういう童話があったな」
 侵入者を拒むために幾重にも張り巡らされた罠ということだろうか。試しに蔦を触ってみたが、何の変哲もない。目の前の蔦はただの植物のようだった。とはいえ、これでは持ってきた武器を使う以前の問題である。任務を遂行するためには、先ずはこの蔦をどうにかしなければならないだろう。その問題が解決しない限り、目的の場所まで辿り着くことは不可能に近い。
「面倒臭せぇなぁ……」
 誰に聞かせる訳でもないが、男は一度大きな溜息を吐き出し肩を落とした。
 持ってたナイフではこの蔦をどうにか出来るとは思えない。そう考えた男は、ナイフをしまうと腰に下げていた小型の鉈を手に取り蔦を刈り始める。しかし残念なことに、これが意外と重労働で。おまけに茨の道は自覚したくない程延々と続いている。この距離が果てしなく長く感じて雫れたのは悪態だ。
「眠りを妨げるなって言いたいのか?」
 正直、何故この場所に眠ると言われているクリーチャーが今回のターゲットに選ばれたのか男には判らなかった。
 この地域で人外の魔物が暴れ回ったという話は耳には届いていない。当然、村人が殺されたや怪我を負った等という被害報告も出されていなかった。至って平和であるはずのこの地域から送られてきた突然の依頼書。始めハンター協会の本部もこの依頼を受けることを渋っていた様だが、色々と調査してみた結果、どうやら村外れの森の奥に忘れ去られた古城があり、そこにクリーチャーが眠っているという伝承が残されている事が判った。
 だが、話はそれだけで、それ以上でもなく、それ以下でもない。
 しかし、人間とは非常に愚かで傲慢な生き物である。今は害が無くとも、いつしかそれが牙を剥くかもしれないと。そんな疑心暗鬼に囚われた村人は、再びハンター協会に依頼書を送付してきた。古城の状況の調査とクリーチャーの捕獲及びハントの要請書だ。この地域に疑わしい場所が有ることが発覚した以上協会側も見過ごすことが出来ず、一人のハンターに白羽の矢がたった。それが今この場所にいる人物。彼の名はロイ・ドノヴァン。腕が良いと評判のハンターである。
「データベースにある過去の情報を見ている限りでは、此処に眠っているのがお姫様だという話は無さそうでがっかりするぜ、全く」
 ひたすらに手を動かしながらそんな冗談を言う彼は、とてもつまらなそうな表情を浮かべていた。少しずつ開かれていく通路。足下には刈り取られた蔦の残骸が広がる。
「もう少しで城の扉だな」
 一度作業の手を止めロイは顔を上げる。随分と巨大にそびえ立つ石造りの古城は色が少なく酷く寂しい印象を受ける。
「でも、何故この城の主は眠りに就いたんだ?」
 未だ姿を見せない古城の主。蔦に覆われた閉ざされた空間でそれは一体どんな夢を見ているのだというのだろう。
「その眠りを覚ましに訪れたのが王子等という立派な身分の人間ではなく、魔物を狩るハンターだと言うのは、とんだ皮肉で笑えてくるぜ」
 兎に角、依頼を受けてしまった以上任務は遂行するしかない。ロイはそう呟くと、気を取り直し再び蔦を刈る作業を再開する。耳に痛い程の沈黙の中で鳴り続ける規則正しい音だけが辺りの空気を振動させ響く。そうやって単純作業を繰り返すこと数時間。合間合間に休憩を入れ、ロイはようやく城の入り口へと辿り着く。
 「ったく。これは…思った以上に面倒臭ぇ依頼だったかもしんねぇ…」
 振り返ると今まで切り開いて作ってきた道が見える。行く手には再びロイの存在を拒む鉄の扉。
「素直に開いてくれるといいんだけど…よっ!」
 一度軽く手を添え押してみる。しかし、そこは予想通りのようで。来訪者を拒む扉はぴくりとも動く気配を見せない。
「やっぱり重労働確定、かよ。畜生っ!」
 自分の体力の残りゲージを考えながらどうするか悩んだ末、今後の事を考えて下した決断は矢張り先に扉を開いてしまうということ。先程よりも強い力で扉を押すと、鈍い音を立てながら僅かに動く鉄の扉。どうやら内側から閂は掛けられていないらしい。それなら、とロイは全体重を掛けてゆっくりと扉を押していく。軋む音を響かせ徐々に広がっていく隙間。人一人が通れる程度の幅を確保すると、そこから城内へと足を踏み入れた。

 開かれた僅かな隙間から差し込む細い光。照らされた室内の空気は重く淀んでおり、その匂いに咳を繰り返す。
「埃臭せぇ!」
 エントランスホールに敷かれた赤い絨毯の上には白く埃が蓄積していた。荒らされた形跡が見えないところを見ると、随分と長い間この場所に足を踏み入れた者が居ないことが判る。歩く度に細かい塵が舞い上がり、視界に小さな粒子が飛び交う。頭上には大きなシャンデリア。ホールの左右には獅子を象った立派な彫刻が対になって置かれていた。
「何処までもお伽話の様な世界観だな、コレは」
 手前の部屋の扉に手を掛け引いてみる。どうやら鍵がかかっているようだ。開かないのならば仕方ないと、ロイは次の部屋へと移動する。隣の部屋の扉はすんなり開いたので、何気なく中を覗いてみる。
「此処は…えーっと、団欒室か何かか?」
 暗く陰を落とすせいで室内が翳りよく見えない。だがソファとテーブル。奥に暖炉があることだけは確認出来た。
「何もないねぇ、ホント。つまんねぇの」
 めぼしい物が何もない事を悟ると次のブロックへと移動する。食堂を抜け厨房を通り廊下に出る。大浴場に出るとき思わず感嘆を漏らした。
「随分とでけぇ風呂場」
 大衆浴場程ある浴室には床に埋め込まれた大きなバスタブがある。最早プールと言っても過言ではないそれの中に当然水気は無く、空っぽで向き出しのタイルの上には他の部屋同様白い埃の雪が積もっていた。
「人の気配が無くなるだけで、こんなにも建物は死んだ雰囲気になるんだなぁ…これじゃあまるで、巨大な墓石みてぇじゃんか」
 此処にも特に用はない。一通り部屋の中を見て回ると、ロイは再び廊下に出た。広い城内をただひたすらに歩く。死んだ空間は最早時計の音すらも刻まないらしい。此処にある生きている音といえば、ロイの鳴らす靴の音くらいなものだ。そうやって回廊を渡り歩き辿り着いたのは西の棟の前。
「……鍵がかかっていやがる」
 それほど丈夫そうには見えない扉には、何故かご丁寧に南京錠が掛けられていた。
「ってことはつまり、そこまでする必要があった。ということですか」
 一度その扉の前で足を止め、棟を見上げる。棟の全長は随分と高く先が見えない。
「地道に階段を登る事を考えると気が重くなるわ」
 天を仰げばそろそろ夜の帳が降りるという時間。
「一度引き返し、明日の朝出直すとするか」
 探索はここまで。一度作業を切り上ることにし、塔に背を向けると真っ直ぐに暖炉のあった部屋へと引き返す。戻る途中で見つけた薪は貴重な資源だ。部屋に戻りながら幾つか拝借しておき後で活用することにしよう。こうも暗くなると、火というものがとても大切なライフラインとなる。何故なら、火が起こせれば魔物におそわれる確率は格段に低くなるからだ。それに、視界さえ確保しておければ、何かあったときに対応もしやすくもなるというもの。戻ってきた部屋で真っ先に行うのは、ライフラインの確保である。集めた薪の一部を暖炉にくべ、持ってきたマッチを擦って適当に燃えそうな物に火を移すと、暖炉の中へと放り込み火を起こす。薪が湿って居たらどうしようかと心配したが、それはどうやら杞憂に終わったようだった。その火を使って簡単な食事を作り空腹の胃を満たした後、埃を被ったカーペットを剥いで身をくるみ僅かばかりの睡眠を貪る。完全に意識を落とすのは危険だと培った経験で理解しているため、その眠りは非常に浅い。だが、物音一つもしない場内。薪の跳ねる音とロイの呼吸音以外にあるのは静寂のみで段々と意識が遠くなるのを感じる。やがて、日頃の疲れからか、ロイは完全にその闇の中へと意識を落としてしまった。

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