微睡みの幻想と夢の終わり

02 

 夢を見た。

 確かにそれは見覚えのある城の形をしていたのだが、ロイの記憶の中にある物とは違い光と音に溢れていた。庭に咲く色とりどりの花を楽しそうに摘む若い女が一人。彼女がふと顔を上げ柔らかく微笑む。
『起きたのね、   』
 彼女が誰かの名前を紡ぐ。
『ああ。寝坊してしまったかな?』
 彼女の声に答えたのはロイの後ろに佇む人物。
『いいえ。寧ろ早い方よ。お早う』
 そう言って微笑むと、色とりどりの花を抱えた女性は弾むような足取りでこちらに近付いてきた。
「ぶつかる!?」
 とっさに避けようと身構えるが、彼女の体はするりとロイを通り抜け後ろに立つ男の腕の中へと飛び込む。
『今日は日の光に当たっても大丈夫なのかしら?』
 男の腕の中で彼女が心配そうに顔を覗き込む。
『今日は随分と気分が良い。少しくらいなら平気だよ』
 ゆっくりと振り返るととても幸せそうに互いに見つめ合う男女の姿。会話から察するに、たぶん女性の方は人間で、男性の方が人ではないものなのだろう。それでもこうやって幸せそうに手を取り合っている二人の姿を見て、何故だか少し羨ましく感じてしまう。同時に小さな痛みが胸に走った。
「これは…」
 自分の夢なのかこの城の持つ過去の記憶なのか。そこで一度視界は闇に閉ざされる。

「……んっ……」
 鼻の上を何か掠る感覚がしてロイはうっすらと瞼を開いた。
「蜘蛛の……糸…?」
 顔にかかった蜘蛛の糸を払うと、目を擦って意識を覚醒させる。此処は何処だろうと記憶を辿り、依頼を受けて調査に赴いた古城の一室であることを思い出すと慌てて飛び起きる。
「眠ってしまっていたのか?」
 いつの間に意識を無くしたのだろう。暖炉の火はすっかり消えてしまっている。
「今…何時だ…?」
 持ってきていた懐中時計で時刻を確認すると、針は既に十時近くを指していた。
「随分と眠ってしまっていたのか!」
 被っていたカーペットを放り出し体を伸ばして関節を解す。座ったままの体制で寝ていたため体は小さな痛みを訴えた。軽く朝食を済ませた後、漸く本日予定していた行動を開始。予定していた時間より大分ロスタイムを作ってしまったことで、余計な探索はせず真っ直ぐに西の棟を目指すことに決める。塔へと続く回廊へ出ると、昨日とは異なる日の光が溢れて一瞬だけ目が眩んだ。
 外は雲が殆どないため随分と明るい。日が高い位置にあるからというのもあるのだろう。だが、天気が良くなったから何だというのだ。相変わらず封印されたように閉ざされた塔の扉が開いているなんて都合の良い事が有るはずもない。ロイは一度深く息を吸い込んだ後、数発蹴りを叩き込むことで扉を強制的に壊す。それが簡単に外せるかどうかは賭けだった。だが、年期が入っていたせいで蝶番の部分が緩くなっていたらしい。呆気ないほど簡単に外れた扉は、大きな音を立てて床へと落ちる。
「やっぱりな」
 遮るものの無くなった入り口から顔を覗かせ中を見ると、開けた空間の奥に長く続く螺旋階段が上に登っているのが確認出来る。棟の中はみた目通りあまり広くはないようだ。ただ、頭上に続く階段はの終わりは、悲しい事にこの場所から確認することは難しかった。
「これを登るのか」
 昨日、塔の外観を見た時にある程度予想は出来ていたこと。それでも厭な予感が当たったことに対して気が重いと感じるのは当然のことである。
「はぁ…」
 出来る事なら見なかった事にして帰りたい。しかし、一度依頼を受けてしまったのだ。仕事を完了させていない以上此処で引き返す訳も行かず、この長い階段を登って任務を進めるという選択肢以外ロイには選ぶ余地がない。やれやれと緩く首を振った後、重い足取りで階段へと向かう。
 一歩ずつ、一歩ずつ。しっかりと石の段を踏みしめがらそれを登る。螺旋階段の厭なところは、一体今自分がどの辺りに居るのか全く予測がつかないところだ。何度も同じ向きで円に沿うように回転を続けるとようやく開けたスペースに辿り着いた。
「どうやら此処が最終地点みてぇだな」
 無機質で灰色の踊り場。窓が無く非常に息苦しいと感じる。そこにある物はたった一つ。木製の扉だけ。
「此処を調べてそこに居るものを始末すればミッションは完了。って訳だ」
 躊躇いは必要ない。音を立てて扉に歩み寄ると、ロイは豪快にそれを開けた。
「…………なんっ」
 まるでそこだけ切り取られたような世界。
「何だよ…これ…は…」
 今まで色の無かった空間に突如現れたのは、目も眩むほどの深紅。突然現れた強い色に、ロイは言葉を失い立ち尽くす。
「なんでこんな…紅……」
 一体何が起こっているのだろう。まだ理解の追いつかない頭で状況を把握しようと足元を見ると、一面に敷き詰められているものが薔薇だということに気付いた。その中から一本だけ手折ってまじまじと観察してみたところ、どうやら造花の類ではなく本物の植物らしい。
「何だ……?」
 確かに今手の中にあるものは、れっきとした薔薇科の植物の花である。しかし、その植物は、ロイの知っているものとは何処か異なっているようだった。
 不思議なことにこの薔薇は、幹から花が離れてしまうと色が深紅から真っ白へと変わり即座に朽ち果て散ってしまう。手の中にあったのはほんの一瞬で。数秒もしない内にその姿は塵となって空気と混ざり合い目の前から消えてしまった。
「まるで毛細血管みてぇで気持ち悪りぃ」
 花に触れた手を軽く振りながらそう呟き再び室内へと視線を戻す。敷き詰められた薔薇の中心には黒光りのする木製の棺が一つ。豪華だが派手さをアピールしない装丁の如何にもといったものが、異質な存在感を放ちながら置かれている。
「これが目的のモノか」
 室内に一歩足を踏み入れると、避けることが出来なかった薔薇が加わった力によって無残にも散らされていく。僅かばかり良心は痛みはしたが、先に進まないことには目的は完遂できるはずもない。
「ふぅん…ってことは、こいつはヴァンパイアってことだな」
 漸く辿り着いた目的地。幸いにも棺の中で眠りに就いている主は目覚める気配が無い。それならば、さっさと棺の蓋を開けて白木の杭をその胸に打ち込んでしまえば、後は勝手に灰となり消えていってくれることだろう。
「なぁんだ。以外と呆気ねぇのな」
 多少の戦闘くらいは覚悟していたのに、コレはホント拍子抜けである。薔薇を掻き分ながら棺の蓋に手をかけると、ロイは重たいそれを押してその封印を無理矢理解いた。
「………これはこれは…」
 開かれた禁断の扉。
「やはりお姫様とは程遠いじゃねぇか」
 棺の中で眠りに就いていたものを見て渋い表情を浮かべ頭を掻く。そこに横たわるのは言葉の通り、眠りを覚ます王子を待っていた美しい姫などではなく、美しい容姿をした一人の男だった。
「まぁ、期待はするだけ無駄で、絶対裏切られるというものってだってのは分かっちゃあ居たけど……何だかなぁ」
 少しぐらい夢を見たいと意識の何処かで思って居たらしい。思わず浮かべた苦笑にどうでも良い愚痴を零しながら、ロイは持ってきた荷物の中から白木の杭を一本取り出す。此処まで辿り着く道のりは長かった事には違いないが、思って居たような展開は何一つ無い。今目の前で横たわる人物の、胸元で組まれている手を退けて心臓の位置を探す。人間とは違い血の通わないそれは鼓動を刻む音が極端に小さい。肋の中心より少しだけ左にずれたところで指先に感じたのは確かな手応えだ。
「此処か」
 ポイントがずれないように左手を当てながら、右で杭を握り直すとその場所へと切っ先をあてがおうと移動する。
「……だれ…」
 だが、その杭を体に打ち込むよりも早く、目の前の男が目を覚ましてしまった。
「なん…だ……と……っ」
「アンジェラ?」
 棺の中からすっと伸ばされる白い腕。それが静かにロイの頬へと触れる。それはするすると動き頭を柔らかく包み込むとそのまま引き寄せられるようにして唇に触れる冷たい感触。この間何も考えることが出来ず、ただ事の成り行きに身を任せていたロイは、ようやく異常事態が発生したことに気が付き慌てて跳ね退ける。
「何すんだ!? テメェ!!」
「…………」
 頭の中で鳴り響く危険信号。背筋を這い上る怖気に距離を置いて棺から後ずさると、中で眠っていたはずのの人物がゆっくりと身を起こす。
「アンジェラ……じゃ無いな」
 暖かな皮膚の感触に触れた唇に指を這わせながら、目覚めたばかりの男は続ける。
「お前は誰だ? アンジェラは?」
「テメェこそ…何者だ…」
 全ては楽に事が進むと思っていた。先ほどまでは。相手が眠りに就いている以上、任務は簡単に終わるだろうと。そう勝手に思い込んでしまっていた。
 だが相手が目覚めてしまった今、戦闘は避けられない。漂う緊張感に飲み込んだ唾。握り混んだ杭の感触を確かめながら、ロイは装備していたボウガンに手を伸ばす。
「貴様……ハンター…か?」
 棺の中の男の陰がゆらりと動く。
「なぁ、アンジェラを知らないか?」
 そう呟くと直後、男の姿が棺の中から消える。
 「ど…何処だ!?」
 男が姿を消したと同時に床に敷き詰められていた薔薇が一つ残らず塵となって消える。視線をさまよわせ相手の姿を探せば、唯一この部屋にある窓際に立ちぼんやりと外を眺める男の姿がそこにあった。
「動くな!」
 相手の姿を補足したと同時に、持って居たボウガンを構えロイは叫ぶ。
「………アンジェラはもう居ないんだな…」
 ロイの声を聞いているのかいないのか。男はそう呟くと寂しそうに笑うだけ。それ以外何も動きを見せず、ただ時間だけが過ぎていく。
「……質問に答えてもらおうか。テメェは一体何者なんだ?」

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