冷たい夏

03 

「……姉は変わり者でしたから」
 墓の周りを整えながらぬいが口を開き言葉を続ける。
「ですから、私以外は誰も姉の死を悲しみません。現に、こうやって花を手向けることもしてくれませんし」
 そう云って微笑む横顔が酷く悲しそうに見えて、私は言葉を選べずただ口を噤み彼女の言葉に耳を傾ける。
「私もなかなか時間が作れないので、満足に掃除もしてあげられません」
 丁寧に摘まれる草の束は、一カ所にまとめられ嵩を増していく。鎌があれば効率良く草を刈ることも出来るのだろうが、生憎その様な道具は持ち合わせていない。ぬいの隣で同じように手を動かしながら私は漸く口を開く。
「失礼ですが、ご家族の方は?」
 何とか言葉に出来たのは、そんな一言。
「家族は姉だけでした。親は物心が付いた頃には既に居なかったので、顔も判りません」
 先程までの柔らかな笑みは一変。ぬいの表情が一度凍り付いた後に暗く陰り始めた。それに気付き、慌てて私は言葉を続ける。
「知らぬ事とは言え、不躾な質問、失礼しました!」
 悪意があったわけではない。しかし、触れられたくない事情というものは誰にでも存在している。踏み込んではいけなかった話題に素直に謝罪の言葉を告げると、彼女は直ぐに顔を上げ驚いた表情を見せた。
「いえ、いいんです」
 私の問いに気を悪くしたわけではないらしい。彼女は再び柔らかく微笑みながら言葉を続け始めた。
「私達、今日初めてお会いしたばかりですもの。知らなくて当然ですから」
 特に気にするわけでもなく彼女はそう告げ、再び作業を再開させる。私は内心ほっとした。無意識にとは言え、触れて欲しくない部分に触れてしまったわけだから、もう少し嫌な顔をされるかと勝手に考えてしまっていたためだ。暫く他愛ない言葉を交わしながら動かし続ける手。
「掃除も終わりましたし、場所、移動しましょうか?」
 見ると、荒れ放題だった小汚い墓は、それなりに見られる程度には綺麗になっていた。
「移動するって……何処へ?」
「彼処に休める場所がありますので、其方へ」
 そう言って誘われ彼女の後を追う。墓地から少し歩いた所に、もう管理する者も居ない簡易な休憩所があるのだと、彼女は歩きながら説明してくれた。
「此方です」
 そこは小屋というよりは拝所に併設された休憩所という感じの場所で、雨よけの屋根があるだけの建物だった。彼女の云うとおり既に管理者は居らず、組まれた石の間から雑草が這い出るようにして伸びている。
「これじゃあ汚れてしまいますね」
 軽く汚れを払いはしたものの、岩肌に付く土と苔はどうやっても落とすことが出来ない。それを見た彼女はもっていた風呂敷を広げると、そこに腰掛けるように勧めてくれた。
「失礼します」
 広げられた風呂敷。先に腰を下ろしたのは彼女の方で。その誘いを断るのも気が引け、私は素直に彼女の隣に腰を下ろす。
「そう言えば、お名前をまだ伺っていませんでしたね」
「あっ。私は三枝と申します」
「そう。三枝さんとおっしゃるのね」
 ここで漸く、彼女は明るい表情で嬉しそうに笑い手を合わせた。

 隣に座る彼女は、鈴のように綺麗な声でころころと、よく笑う娘だった。
 黒絹のように細く滑らかな黒髪。少し大きめの眼。整った眉に長い睫。少し高い鼻に紅を引いたような唇。着物から覗く細い線をの首や腕。淡い藤色の着物がよく似合っている。
「三枝さん、どうなさいました?」
「いや……あまりにも貴方が綺麗なもので……」
 そう言うと彼女は耳まで真っ赤になり俯いてしまう。そんな反応を見て私も恥ずかしくなり、同じように俯いた。
 彼女が話し上手なお陰で忘れていたのだが、元来私は女性とと話をすることを苦手としている。滅多に女性と会うことも、時間を共にすることも無く、面白い話題を持ち合わせている訳でも無い。集まりに誘われ参加したとしても、一人隅で黙ったまま。ただ時間が経つのを待つだけの日陰者。そんな人間に興味を持ってくれる女性も無く、空気のようにそこに在るだけの存在のため、一度正気に戻ってしまうと、どうしてよいか判らず狼狽えてしまった。
「そのような事は始めて言われたので、吃驚しました」
 だが、彼女はそんな私の焦りに気付く事は無いようで。
「……え?」
「有難う御座います」
 照れながらも心底嬉しそうに、彼女は微笑んで見せる。
「いえ。本当の事を言っただけですから」
 それに感じていた緊張は一気にほつれ、私もつられて笑顔で言葉を返す。
「三枝さんは不思議な方ですね」
「え?」
 何を言われているのか判らず、困ったように彼女を見る。
「一緒にいて穏やかな気持ちになれます。貴方の纏う空気は、とても居心地が良いです」
 そのようなことは、生まれてこの方始めて言われて戸惑ってしまった。
「始めて云われました」
「そうなのですか?」
 私の反応に気をよくしたのだろう。彼女が綺麗な声をだしてころころと笑う。不思議とその反応に嫌な気はせず、私も釣られるようにして笑い返した。

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