モノトーン

11 

 結局、あの後レンはメンバーの元へと戻り、アルジャンはフェリシアと一緒に手に入れて貰ったチケットで彼等のライブを見に行った。ステージの上。アルジャンは必死に弟を探したが、結局上手く見つける事が出来ず何が何だか判らない。それでもこのバンドが大分人気があることだけは辛うじて判った。歩み寄ろうとしなかった世界にレンの新しい顔が見れたのはアルジャンにとって新しい発見で嬉しく感じる。だが、それもその日限りのこと。
「あー! そこはその色じゃねーよ!」
 最終的に、レンはメンバーに事情を話してバンドを抜けた。ピンチヒッターで手伝いをするという条件付きでアルジャンの元へと戻った彼は、実家から近い会社に就職し、今兄のサポートをしながら毎日を充実し生きている。
「え? だって、レンがこのチューブを渡したんじゃないか!」
 相変わらずアルジャンの世界は白と黒。それでも生活に潤いが出たのは戻ってきてくれた弟のお陰。
「俺は渡してねぇって!」
「酷でぇ!! そんな事言う!?」
 二人の背後からクスクスと聞こえる笑い声に振り向けば、珍しくフェリシアが表情を表に出しながら肩を小さく震わせていた。
「あっ。フェリシア」
「お早う、先生。レン」
 アルジャンのサポートはレンにバトンタッチしたかのように見えて、実は未だにフェリシアに頼っている部分も多々有る。
「今日は休み?」
 最近テレビで話題になっていたお菓子屋さんの紙袋を抱えながらフェリシアはレンに聞いた。
「そ。有給が残ってたから昇華しろって部長が」
 肩を竦めて見せた後、レンが表情を崩して溜息を吐く。
「食べる?」
 差し出された紙袋の中には思ったよりも大きなサイズのベルギーワッフル。
「応!」
 それを受けとったレンは嬉しそうに笑った後、飲み物を取りにガレージから姿を消した。
「自画像?」
 残されたのはフェリシアとアルジャン。フェリシアはアルジャンが作業しているカンバスを見て首を傾げる。
「ははは」
 アルジャンは答えることなくただ笑って言葉を濁すだけ。
「これ、先生だよね?」
 そう聞けば、アルジャンは小さく「違うよ」と答えた。
「レン?」
「そう」
 カンバスの中で笑うのは自分と同じ見た目をした片割れの姿。
「一応、レンには俺の自画像って事にしてあるから、完成するまで内緒にしておいてくれよな」
 そうフェリシアに釘を刺すと、彼女は小さく頷いてカンバスを見る。
「綺麗だね」
「ん」
 透き通る様な青空と。キラキラと煌めく光の中で大輪の向日葵を持ち笑う一人の青年。
「とても綺麗な色」
 フェリシアの手が絵をなぞるような動きをする。
「私には出せない、先生とレンの色」
「そんな事は無いよ。偶々この色に仕上がっただけだって」
 そう言ってアルジャンが彼女の言葉を否定すると、彼女は小さく首を振ってその言葉を否定した。
「ううん。無理。だってこれは先生がレンの為に、レンが先生の為に選んだ色だもの。私はこの色を先生にあげられないから」
「おいおい。俺だけ仲間外れとか酷くない? 二人共」
 戻ってきたレンの手にはフェリシアの買ってきてくれたワッフルの乗った皿と、三人分の淹れ立ての紅茶が乗ったトレイが一つ。
「ブレイクタイムにしませんか? お二人さん」
「良いね。そうしようか」
 何処までも穏やかな時間が流れている。それが物凄く心地よい。
「なーあ、アルジャン」
 机の上を軽く片付け持ってきたおやつを置いた後、二人分の椅子を用意したレンが問う。
「これ描き終わったら、次は何を描くんだよ?」
 イーゼルの前に置き座っていた椅子を移動しながらアルジャンはそれに答えた。
「今度は『家族』を描こうかなって」
「お? 遂にそれを描くの?」
「もち」
 失った時間を取り戻そう。それは完全な形ではないけれども。真っ白で大きなカンバスの中で。もう一度彼等は僕達に笑顔を向ける。
「それじゃあ、気合い入れねぇとな!」
 彼が居るから絵が描ける。
「ああ、ヨロシク頼むよ」
 彼が描いてくれるからもう一度取り戻せる。
 たった一枚の黒い絵の中で映える紅が結びつけた糸の先。もう二度と切れることはないだろうと彼等は笑う。
「良かったね、先生」
 ベルギーワッフルを小さく囓りながら、大好きな師の笑顔にフェリシアは嬉しそうに微笑んだ。

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