モノトーン

12 

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後日談…………

 珍しく定時で終わった事に、思わず口笛なんて出てしまう。家路を急ぐ足取りは軽い。手に持ったスーパーのレジ袋の中には、特売だったじゃが芋が幾つかと安く手に入れた野菜が少々。そしてラム肉。久しぶりに故郷の味をと思って決めたメニューは、母が得意だったシチューだった。
「喜ぶかな? アルジャン」
 最近は彼の為に料理をすることに歓びすら感じる自分は、もう末期の兄バカなのだろう。でも、それでいいと思う。
「……あっ。パン」
 頭の中で買った物のリストを復唱していると、パンを買い忘れていたことに気付き慌ててパン屋へと寄り道をした。タイムセールで半額になったフランスパンをゲットし、少しだけ自慢顔。もう買い残しはないなと家に向かって足を進める。
「………花屋?」
 いつの間にこんな場所にフラワーショップなんて出来たのだろう。日常的にこの道を使う事は多いはずなのに気付かなかった店の存在に、レンは首を傾げて眉を寄せた。
「んー……」
 無意識のうちに足がその店へと吸い寄せられる。
「いらっしゃいませ」
 真新しい店内では、可愛らしい女性がこれまた可愛らしい笑顔で出迎えてくれた。
「あっ…」
「お花をお探しですかー?」
 ダークグリーンのエプロンを纏った彼女が人懐こい笑顔でそう聞いてくる。
「えーっと…」
 拙ったな…。レンは心の中で舌打ちした。
「彼女さんにあげるプレゼントですか? それとも奥さん?」
「あー……」
 思いっきり店の中に入ってしまったため、何も買わずに出て行くのが躊躇われる。と言うよりも、この店員。中々接客が上手い。確実に退路が断たれていくような気がしてレンの背に嫌な汗が伝う。
「えっと……」
 店内に視線を彷徨わせると目に付いたのは薔薇。
「あっ」
 レンは彼女の脇をすり抜けると、薔薇が置かれているコーナーへと足を運ぶ。
「薔薇の花束ですか?」
 どうやら彼女は色恋沙汰に興味を示すタイプらしい。レンの方に活き活きとした視線を送りどれをチョイスするか言葉を待って居た。
「あー……」
 取り敢えず、何か一つでも買って帰ろう。手っ取り早く選べる物は、スタンダードな紅い薔薇。もう考えるのも面倒臭いのでそれに決めてしまおうと口を開けたところで目に付いたのは黒い薔薇だった。
「あれ? ブラックバカラ?」
「黒薔薇ですかぁ?」
 不思議そうに首を傾げながら彼女は黒薔薇の方へと視線を向ける。
「そうだな。アレを一輪貰える?」
「良いですけど…」
 余り気乗りはしない。そんな雰囲気が彼女から漂ってきたが、レンは他の物を選ぶつもりは無いと彼女に伝え、それを包んで貰う。代金を支払い薔薇を受けとり店を出る。
「ありがとうございましたー」
 背後から店員の女性の声が聞こえて来た。それに軽く手を振って応え、レンは急いで帰宅する。

「ただいまー」
「あっ! レン」
 お帰り! そう言ってアルジャンが嬉しそうにレンの身体を抱きしめる。
「ん。ただいま」
 このスキンシップももう慣れた。この家に戻ってきてからと言うもの、毎回これをされるのだ。慣れないとこっちの気が狂いそうになる。
「買い物?」
 レンの手にぶら下がるスーパーのレジ袋に気が付いたアルジャンは手を差し出してそれを受けとる。
「うん。久しぶりにシチューでもと思って」
「良いね、それ」
 矢張りアルジャンは喜んだらしい。声が弾み嬉しそうだ。
「荷物置いたら作り始めるから、出来るまで待っててくれる?」
 玄関のドアを閉め鍵を掛けながらそう言うと、アルジャンが珍しく「手伝うよ」と申し出てきた。
「え?」
「俺だって、偶にはレンの役に立ちたいし」
 正直狭いキッチンに男二人で立つのは微妙だが、言い出したら一歩も引かない彼に「嫌だ」と言っても反論が返ってくるだけ。
「…仕方無いなぁ」
 此処は自分が折れる方が後々楽だと判断したレンは、自室に向かって歩き出す。
「あれ? レン」
 キッチンまでと付いて来たアルジャンが、先を歩くレンの腕を掴んで声を掛けた。
「これ、どうしたんだよ?」
「ああ、これ?」
 レンの手には一本の薔薇。
「帰り道に新しく花屋が出来てたから買ってきた。正確には買わないと出して貰えない雰囲気だったから買ったんだけど」
 持ち上げたそれは、透明なセロファンフィルムの中で小さく揺れる。
「あげるよ、アルジャン」
 そう言って差し出すと、薔薇を受けとったアルジャンが嬉しそうに笑う。
「良いのか?」
「ん。プレゼント」
 たった一本の薔薇で此処まで喜べる奴も珍しい。そんな事を思いながら彼の顔を見ていると、アルジャンは唐突に「この薔薇の色は何?」と聞いてきた。
「さてね。何でしょう」
「何だよ-、教えてくれてもいいじゃねぇか」
 色を答えずに口角を吊り上げるレンに、拗ねたような口調で文句を言うのはアルジャン。
「当ててみてよ」
 そう挑発的に煽ると、アルジャンは暫く考えて「紅!」と答えた。
「アルジャンがそう思うんなら紅なんじゃないかな?」
「何だよ、それ」
 曖昧な言い方で言葉を濁したレンにアルジャンは顔を顰めた。
「嘘嘘。紅だよ、紅。アルジャンの正解」
 そう言って笑ってやると、直ぐさま彼は嬉しそうな笑顔に逆戻り。
「それじゃあ、スーツ脱いでくるから。それ、キッチンに運んで置いてよ」
「了解。直ぐに戻って来いよ」
 そこで一度二人は別れる。
「……バーカ。紅い薔薇じゃねぇよ、アレは」
 キッチンへと姿を消したアルジャンにレンは小さく呟いた。
「アレは黒。アンタの世界に有る二つの内の一つだよ。アルジャン」
 アルジャンの手の中には真っ黒な薔薇。
「残念だったね。真っ紅な薔薇じゃなくて。でも…」

『なあ、アルジャン。黒い薔薇の花言葉を知ってるか?』

 レンは声に出さず口を動かす事で言葉を紡ぐ。

『黒い薔薇の花言葉はな、「憎しみ」「恨み」そして…』

 貴方はあくまで私の物。

 レンの口が弧を描く。もう、二度と離れてなんかやらない。アンタが俺を閉じ込めたんだ。だから俺もアンタを手放すつもりは無いからな。
 キッチンから響くビニールの音。それを耳にしながら、レンはゆっくりと自分の部屋に向かって歩き始めた。

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